研究内容
近年、犬や猫のがんによる死亡が大きな課題となっています。日本小動物がんセンターにも、多くのご家族が有効な治療を求めて来院されますが、発見時には既に進行していることが少なくありません。現行の獣医療だけでは、すべての進行がんを治癒に導くことは困難です。
どうぶつトランスレーショナルリサーチセンターでは、動物のがんに対する新しい治療法と、早期発見のための診断法の開発に取り組んでいます。基礎から臨床までをつなぐ研究を加速し、いま目の前で困っている動物たちに、一日でも早く有効な選択肢を届けることが私たちの使命です。
免疫チェックポイント阻害薬
医学分野では、抗PD-1抗体をはじめとする免疫チェックポイント阻害薬が、がん治療薬として承認され、臨床現場で広く使用されています。しかし、獣医学分野においては、国内で承認された製剤はまだ存在しません。
そこで私たちは、犬や猫を対象とした独自の免疫チェックポイント阻害薬を開発し、実際の症例における臨床試験を行っています。さらに、これらの試験で得られた症例データを詳細に解析し、治療効果を高める新たな薬剤の探索や、治療効果を予測する手法の開発にも取り組んでいます。
殺細胞性抗体薬
がん細胞に特異的に発現する分子を標的とした抗体薬の開発を進めています。特に、犬のB細胞リンパ腫を対象とする抗CD20抗体については、現在臨床試験を実施中です。このように、基礎研究から臨床応用まで一貫して取り組み、実際の診療現場で使用可能な新規抗体薬の実現を目指しています。
免疫細胞療法
私たちは、犬におけるキメラ抗原受容体(CAR)-T細胞療法の基礎研究で先駆的な成果を挙げてきました。現在は、その技術と知見を応用し、犬での臨床試験の準備を進めています。さらに、T細胞に限らず、自然免疫系に属するNK細胞やマクロファージを用いたCAR細胞療法の研究も推進し、多様な免疫細胞を活用した新しい治療法の確立を目指しています。
加えて、腫瘍組織から取り出した腫瘍浸潤リンパ球(TIL)を体外で増殖・活性化させ、再び患者に戻す腫瘍浸潤リンパ球療法にも取り組み、個別化かつ高精度な免疫治療の実現を目指しています。
腫瘍微小環境の統合的な解析
がん治療を成功させるには、腫瘍細胞だけでなく、免疫細胞・線維芽細胞・血管・代謝産物などから構成される「腫瘍微小環境(TME)」を理解することが欠かせません。我々は、単一細胞/空間トランスクリプトミクス、プロテオミクス、メタボロミクス、免疫染色などを組み合わせ、TMEの構成要素と相互作用を統合的に可視化します。これにより治療抵抗性の仕組みを特定し、新たな免疫療法や代謝標的治療の開発へとつなげます。
上記以外にもさまざまな犬や猫の病気に関する研究
免疫療法の研究に加え、抗がん剤や分子標的薬(低分子化合物)、腫瘍溶解性ウイルス療法など、多様ながん治療法の開発にも取り組んでいます。さらに、がん治療の研究にとどまらず、遺伝子解析をはじめとする分子生物学的手法を駆使し、動物のさまざまな疾患の病態解析にも力を注いでいます。